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猫尾製作所

あまりアテにしないでね

より普遍的な単位系を考える(其之弐)

物理学 雑記

はてさて、我々のなれしたしんでいる単位系であるメートル法(物理学ではMKS単位法)というのは、地球上において比較的普遍的なものさしなのですよ、と前回述べさせていただきました。この単位系は地球の身体測定の結果をもとに、10進法を用いて定義されたところが始まりです。

ただ、時間の単位だけは古くからの慣習である12進法や60進法が使われはしましたが。これは暦が12進法(1年が12ヶ月であること、あるいは1年間に12回(+陰暦の閏月)の月の満ち欠けがあること)と「約30進法」(1ヶ月の長さは約30日、あるいは月の満ち欠けの周期が約30日であること)であることにも由来するのです。1ヶ月の長さの2倍=60日、あるいは10と12の最小公倍数=60、このあたりでもって60進法の発想は生まれたのでしょう。後者は東洋の暦における干支の考え方ですね。

さて、年・月という時間の単位ですが、当然ながら、年 year は地球の公転周期(我々から見ると太陽や恒星の見え方の変化)、月 month は太陰暦では月の満ち欠けの周期であり、太陽暦になっても月の満ち欠けの周期に近い1年を等分に近い形で12分割した長さです。もちろん日 day/date もそうなのですが、地球から見た太陽や月の運行や地球の自転で定まる比較的早い段階で人類の認識を得て使われ始めた原始的な時間の単位です。

天体の運行はいくら人類ががんばっても微小たりとも調整することは不可能です。完全に(人間の都合のいい整数でもって)10進化することは不可能です。それでも10進化したければ、1年を10ヶ月・1ヶ月を10週間・1週間を10日、すなわち1年間を1000日とする暦を勝手に作っちゃってもいいのかもしれません。これだと日付計算にも便利です。しかし、そんなことをすると、その暦と太陽の動き、つまりは季節の変化の相関性はまったくなくなるのです。ここには暦というものは最初は農業のために作られたという歴史が深く根付いております。のちの時代になって宗教的な行事の日程を決定するためという要素(この日取りの精度の向上により宗教の説得力が大きくなると考えられるのです)も付加されますけれども。いずれにせよ、季節と暦がシンクロしていないということは、暦というものの存在意義自体を否定するものになってしまうのです。そして、季節の変化の周期は、地球の自転周期である365.2422日(今では書籍やウェブで簡単に得られるこういう定数も、何千年にも及ぶ観測によって大体の値を推測・近似してきた歴史があります)に他なりませんので、できるだけ暦年の長さをその数字に近く作ることが暦でもって季節を表す最重要項目となるのです。

うーん、時間論の話題となるとちょっと私も筆をより滑らせたくなります。しかし、かつてダイアリーで2009年9月18日付にフランス共和暦という過去の試みがあったこと、2009年12月23日付で時計の10進化についてのことを書きましたので、敢えて焼きなおさなくてもいいでしょう……。

前回の記事の補足が長くなりました。地球のスケールで定められた現代のメートル法ですが、天文学の領域ではメートルだとかは大変小さなスケールです。例えば、いちばん近い恒星までの距離は40兆キロメートルなんていうふうに表現されますが、40兆というのがまさに所謂天文学的数字のように聞こえます。冗長な表現であることを存じた上で敢えて書くならば、40000000000000キロメートルというわけで。

そこで、天文単位・光年・パーセクといったような非常に長い距離を測る単位が作られたのです。次に、敢えて厳密な定義から少し反らして、これらの単位の発案の元になった考え方でもって表現させていただきます。
天文単位とは太陽と地球の平均距離のことです。1天文単位は約1億4960万キロメートルであり、地球の周長(赤道に沿って地球を一周した長さ)である約4万キロメートルのおよそ3700倍にも及びます。
光年とは光が1年間で進む距離です。1年間というのは地球の公転周期なのですが、1天文単位を光が進むのにかかる時間は約8分20秒であることより天文単位と比較しても桁違いの大きさです。これはおよそ9兆46百億キロメートル(約6万3千天文単位)という想像もつかないような長さに。しかし、太陽の隣の恒星までは4光年以上あるのです。いかに星というのは孤独な存在かというのを物語りますね……。

最後にパーセクとは。聴きなれないのですが、定義の元となった考え方を少し説明するところから始めます。アニメ映画なのか地球の危機なのかどうかはわかりませんが、太陽系を離れて宇宙のかなたに行くことになりました。宇宙船の中から太陽系を眺めていると、太陽系から離れるに連れて太陽と地球の間隔は狭まってみえるようになるでしょう。もちろん実際の距離は変わらないのですが、自分の目から見た距離はだんだん狭まるのです。これは太陽と地球の角距離の狭まりです。視力検査ではパネルの上にあるCの字型の輪っかを棒で指されて、輪っかの開いているほうがどちらを向いているかを被験者に答えさせる方法がありますが、パネルから遠く離れれば同じ大きさのCの字でも認識が難しくなりますね、これが輪っかの開いた部分の間隔の角距離が小さくなったことです。逆にパネルに近づけば同じ大きさのCの字でも開いている方向の認識が容易になります(近眼者の場合ですが)。これが輪っかの開いた部分の間隔の角距離が大きくなったことです。実は我々は視力検査の時にはあのCの字型の輪っかで認識可能な最小の角距離を分(角度の1度の60分の1)単位で測定されてその逆数でもって視力をされています。角距離の測定ゆえにパネルと被験者の立ち居位置との距離が厳密に定められているのですが。説明が長くなりましたが、1天文単位、すなわち太陽と地球の距離を見込む角距離が1秒(角度の1分の60分の1、あるいは1度の3600分の1)となる距離のことです。正確には角距離ではなく年周視差の概念から定義されています。さて、これは約20万6千天文単位、約3.26光年となります。冗長ですがキロメートルで表すならば約31兆キロメートルです。パーセクは光年の上を行きますが、それでも太陽から1パーセク以内には恒星は見つかっておりません。

さて、これらの定義は地球を離れ、太陽系をも離れた、我々から見るにも非常にスケールの大きい単位なのですが、宇宙人との交信に使用可能でしょうか。しかし、これらの単位にも結局は太陽や地球に固有な定数としての時間や距離(ものさし)が手伝う形になっています。やはり、(我々にとっては非常に影響が強いところではある)地球とか太陽という特定の天体の距離を考えている以上、宇宙人との交信に使えるかといわれれば、そこまで普遍的とはいえないのです。

はてさて、宇宙のどこにいっても理解してもらえそうな普遍的な単位とはどういうものだろう。次回からはその準備もかねて次元解析について書いていきます。